社会福祉・医療現場のためのパワーハラスメント対策(第2回)「職場でパワハラ発生!法人が問われる責任と10の防止策」


2025年08月27日弁護士コラム

第1回では、「パワーハラスメント(パワハラ)とは何か」その定義と具体的な類型について解説しました。今回はさらに一歩踏み込み、「もし職場でパワハラが起きてしまったら、誰がどのような責任を負うのか」、そして「法人は具体的に何をすべきか」という、管理者として避けては通れないテーマを掘り下げます。
 

もしパワハラが起きたら?問われる2つの法的責任

職場でパワハラが発生し、被害者が精神的な苦痛を受けたり、ケガをしたりした場合、その損害を賠償する責任は誰が負うのでしょうか。法律上、責任を問われる可能性があるのは「行為者本人」と「使用者(法人)」の双方です。

1 行為者(加害者)個人の責任

まず、パワハラ行為を直接行った本人は、被害者に対して損害賠償責任を負います(民法第709条:不法行為責任)。これは、殴ってケガをさせた場合の治療費はもちろん、暴言などによる精神的苦痛に対する慰謝料も含まれます。
パワハラに関する裁判では、行為者個人に対しても賠償が命じられるケースは少なくありません。「上司としての指導だった」という言い分は、法的には通用しない場合があることを認識しておく必要があります。

2 使用者(法人・事業者)の責任

そして、管理者として最も注意すべきなのが、この「使用者」の責任です。たとえ経営者や管理職が直接パワハラをしていなくても、法人は以下の2つの法的根拠から、被害者への損害賠償責任を問われる可能性があります。
 

使用者責任(民法第715条)
職員を雇用して事業の利益を上げている以上、その職員が「業務に関連して」他者に与えた損害についても、法人が責任を負うべき、という考え方です。

安全配慮義務違反(労働契約法第5条)
 法人は、職員が心身の安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。職場でパワハラが起こるのを防げなかったり、発生後も放置したりすることは、この義務に違反する「債務不履行」にあたります。

 

責任を問われないために。法律が求める「10の防止措置」

では、法人はどのような場合に責任を問われるのでしょうか。 重要なのは、法人が責任を問われるのは、パワハラが起きたという事実そのものに対してではなく、「パワハラを防止するために必要な対応を怠った」場合であるという点です。
裏を返せば、法律が求める措置をきちんと講じていれば、それは法人の責任を軽減し、何よりも大切な職員と職場を守るための強力な盾となります。
法律(パワハラ防止法)は、事業者が必ず実施すべき措置として、以下の10項目を定めています。自院・自施設でこれらが実践できているか、チェックリストとしてご活用ください。

 

【CATEGORY 1】 方針の明確化と周知・啓発

1 パワハラの内容と禁止方針の明確化・周知

「当法人(当院・当施設)では、いかなるパワハラも許さない」というトップのメッセージを発信し、パワハラの具体例と共に、全職員に研修や資料配布などで周知徹底します。

2 行為者への厳正な対処方針の規定化・周知

就業規則などに「パワハラを行った者は懲戒処分の対象となる」と明確に規定し、その内容を全職員に周知します。

 

【CATEGORY 2】 相談体制の整備

1 相談窓口の設置と周知

職員が安心して相談できる窓口を設置します(人事課、信頼できる職員、外部委託機関など)。誰が担当者で、どう連絡すればよいかを明確に周知することが重要です。

2 相談への適切な対応準備

相談担当者が、プライバシーを守りつつ、公平・迅速に対応できるよう、対応マニュアルの整備や研修を行います。

 

【CATEGORY 3】事後の迅速・適切な対応

1 迅速かつ正確な事実関係の把握

相談があった場合、相談者と行為者とされる双方から聴取し、事実関係を迅速に確認します。主張が食い違う場合は、第三者からも話を聞くなど、客観的な調査を行います。

2 被害者への配慮措置

パワハラの事実が確認できたら、速やかに被害者をケアします。行為者との配置転換、謝罪の場の設定、メンタルヘルス不調への対応など、状況に応じた措置を講じます。

3 行為者への措置

事実に基づき、就業規則に則って行為者への懲戒処分などを検討・実施します。配置転換や再発防止研修なども有効です。

4 再発防止措置

改めて全職員にパワハラ禁止の方針を周知したり、研修を実施したりするなど、二度と同様の問題が起きないための対策を講じます。

 

【CATEGORY 4】上記と併せて講ずべき措置

1 相談者等のプライバシー保護

相談したことや、事実確認に協力したことなどを理由に、不利益な取扱い(解雇、降格、異動など)をされない旨を規定し、周知します。

2 不利益取扱いの禁止

改めて全職員にパワハラ禁止の方針を周知したり、研修を実施したりするなど、二度と同様の問題が起きないための対策を講じます。

 

まとめ:今回のポイント

    • パワハラが発生すると、行為者本人だけでなく、使用者である法人も損害賠償責任を問われる可能性がある。
    • 法人の責任は、「必要な対策を怠った」場合に発生する。
    • 法律が定める「10の防止措置」を普段から講じておくことが、職員と職場を守り、法人の責任を果たす上で不可欠である。

 

より具体的な対策については、厚生労働省のウェブサイト「あかるい職場応援団」も参考になります。

 

次回は、これまでの裁判でどのような言動がパワハラと判断されたのか、具体的な事例を基に、より実践的な視点から解説していきます。

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