介護現場における身体拘束について


2025年06月19日弁護士 横山 友子

弁護士・社会福祉士の横山です。福祉と法律の接点に関して、今回は「身体拘束」について書きたいと思います。

 介護の現場において、本人(利用者)の尊厳を守り、安全なサービスを提供する上で、「身体拘束」は極めて慎重な判断が求められるデリケートな問題です。

(1)身体拘束の原則と例外を再確認する

まず、大原則として、身体拘束は利用者の行動の自由を制限するものであり、原則として禁止されています(老人福祉法、障害者総合支援法など各法で明記)。ただし、例外的に以下の3要件を全て満たす場合に限り、必要最小限の範囲で認められるとされています。

 

①切迫性

利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。

 

②非代替性

身体拘束以外の方法では、他に代替する支援方法がないこと。

 

③一時性

身体拘束が一時的なものであり、短期間で解除される見込みであること。

 

これら3要件のいずれか一つでも欠ける場合は、身体拘束は認められません。この3要件が現場で適切に理解され、遵守されているかを常に確認することが求められています。

 

(2)適正な手続きと記録の重要性

身体拘束がやむを得ず行われる場合でも、そのプロセスには厳格な手続きが求められます。

 

①事前検討と多職種連携

身体拘束に至る前には、必ず多職種で構成される検討委員会等を開催し、本当に身体拘束が必要なのか、他に代替手段はないのかを徹底的に議論してください。医師、看護師、介護職員、社会福祉士など、多様な視点からの意見が不可欠です。この検討プロセス自体が、不要な身体拘束を防ぐセーフティネットとなります。

 

②利用者・家族への説明と同意

身体拘束を行う場合は、利用者本人(判断能力がある場合)またはその家族に対し、身体拘束の必要性、目的、期間、方法、代替手段の検討状況などを丁寧に説明し、同意を得ることが不可欠です。説明は分かりやすい言葉で行い、質問には真摯に答える姿勢が求められます。

 

③徹底した記録の作成

身体拘束に関する記録は、法的責任を問われた際の重要な証拠となります。以下の項目は詳細に記録する必要があります。

 

ア 身体拘束を行うに至った具体的な状況と理由(3要件との関連性)
イ 身体拘束の種類、方法、開始・終了時刻
ウ 身体拘束中の利用者の状況(身体状態、精神状態、苦痛の有無など)
エ 身体拘束中の観察内容と対応
オ 身体拘束解除に向けた取り組み
カ 利用者・家族への説明内容と同意の有無
キ 多職種検討委員会での議論の内容

 

これらの記録は、第三者が客観的に状況を判断できるよう、具体的に記述することが重要です。

 

2 違法な身体拘束がもたらす法的リスク 

(1)民事上の責任(損害賠償請求)

身体拘束が違法と判断された場合、利用者の自由を侵害したとして不法行為(民法第709条)が成立します。これにより、利用者やその家族から、精神的苦痛(慰謝料)や身体的損傷(医療費、逸失利益など)に対する損害賠償を請求される可能性があります。

 

(2)刑事上の責任

身体拘束によって重大な結果が生じた場合には、行為の内容や発生した結果によって、逮捕・監禁罪、傷害罪・暴行罪、業務上過失致死傷罪等の刑事罰の対象となる可能性があります。

 

(3)行政上の処分

事業者は、各根拠法(老人福祉法、障害者総合支援法など)や関係省令に基づき、行政庁から、改善命令・業務改善勧告や身体拘束廃止未実施減算等の処分等を受ける可能性があります。悪質な事案の場合等には、事業所の指定の取消し・事業停止命令という重い行政処分が下される可能性があります。

 

3 身体拘束ゼロに向けて

身体拘束は、あくまでも最終手段であり、目指すべきは「身体拘束ゼロ」の実現です。以下の点に力を入れることが望まれます。

 

(1)職員への定期的な研修

身体拘束の原則、代替ケアの方法、倫理観の醸成など、継続的な研修を実施すること。事例検討などを通じて、職員一人ひとりの身体拘束に関する理解を深めることが重要です。

 

(2)環境整備

利用者が安心して過ごせるような物理的環境の整備も重要です。危険な場所の改善や、利用者の興味を引く活動の提供なども代替手段となり得ます。

 

(3)個別ケアの充実

利用者一人ひとりの生活歴、価値観、ADL(日常生活動作)などを深く理解し、その人らしい個別ケアを追求することで、行動の制限につながる要因を減らすことができます。

 

(4)インシデント・アクシデント分析

身体拘束に至った事例を詳細に分析し、再発防止策を検討することで、組織全体の身体拘束に対する意識を高めることができます。

 

4 まとめ

身体拘束は、利用者の尊厳に関わる重大な問題です。法的・倫理的観点から適切な判断ができるよう、職員への教育、記録の徹底、そして何よりも利用者の視点に立った支援の推進を目指すべきと考えます。

身体拘束ゼロを目指し、利用者の皆様が安心して生活できる社会福祉法人であるために、私たち弁護士も皆様をサポートさせていただきます。何かご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。